「縁ディングノートのススメ」

はじめに

初めまして、一般社団法人 縁ディングノートプランニング協会の理事に就任しました、稲場晃美(いなば てるみ)と申します。私は、お金と不動産相続のコンシェルジュとして、東京と新潟の二拠点で活動しております。「すまいと想いのバトンを繋ぎ、みんなの笑顔を100年先へ」を経営理念とし、人生をハッピーに♪にするお手伝いをしています。

何故、縁ディングノートをおススメするのか。

3度目の結婚を2012年にしたのをきっかけに新潟県上越市に移住しましたが、2019年6月に、主人がアパートの室内で突然倒れて、49歳という若さで帰らぬ人になってしまいました。20代からの古い友人と再婚したので、もともと心臓が悪いことは知っており、移住したきっかけも4回目のカテーテル手術のことがありました。多少は覚悟していたものも、まさかこんな早くにとは一切考えておりませんでした。

 当然、亡くなった後の話など夫婦でしているわけもなく、まして、生前の対策などしているわけではありませんでしたので、さっそく問題が起きました。最初の問題は、自宅で突然倒れて発見されたので、検察医の検死が必要だったこと。主人の遺体は警察署に安置されておりましたので、そこから自宅か葬儀場に早急に運ばなければなりません。当然タクシーというわけにはいきませんから、警察署で親切に声掛けられるのです。

「奥さん、葬儀屋さん決まってなかったら何社か紹介しますけど、どうしますか?」

容疑者Aのような警察の調書が終わったと一安心する間もなく、頭が真っ白です。たまたま、主人の行きつけというスナックで出会った人から声がけ頂いて、互助会に自分自身の為にはいっていたからよかったようなものの、そうでなかったら、当時はコロナ禍前でしたから、数百万する葬儀を何の予備知識もなく選べたかどうかは、疑問が残ります。いろいろな方の支えとお知恵を拝借して自分なりに葬儀をあげて見送ることはできましたが、神奈川県川崎市出身で自分自身に血縁もなく、主人の交流関係をすべて把握していたわけではありませんので、最期のお別れをしたい人がほかにもいたのではないか、主人の遺品を整理しても、何を彼が大切にしていたのかどうかもわかりませんし、今でも一部どうしていいかわからずに保管しているものもあります。亡くなって5年もたつのに使うあてもなく。

今回の相続人は配偶者である私と、主人の母の2人でした。

夫婦に子供はなく、私と二人で賃貸アパートにて晩年過ごしておりましたので、財産らしいものは、現預金だけ。生命保険は結婚当初に私へと名義変更しておりました。夫婦別会計でしたので、実際本当にどこの銀行にどんなお金があるのか、亡くなるまでは感知しておりません。携帯がガラケーでロックかかっていなかったらよかったものの、パソコンのIDやパスワードがわからないと冷や汗。別にその中身がどうのこうのというわけではなく、appleIDを調べるためにメールを確認したかったのです。たまたま、パソコンのパスワードのメモが秘密の質問に答えが書いてあったので助かりました。たいしたものがあったわけでもない、遺産分割協議書を作成するために弁護士を入れましたが、それは、メインバンクの銀行解約において遺産分割協議書の提示を求められたからです。

縁ディングノートは家族への連絡帳

整理整頓が得意な主人でしたので、銀行の通帳は彼の大好きなスヌーピーのお菓子の空き缶の中に入っていましたが、夫婦二人の相続なんて特にたいしたことないと思い込んでいた私にとって、遺産分割協議書がないと銀行の解約ができない。のは、大きな誤算でした。家族関係は良好でそんな生前の対策等は必要ないと思っていても、主人が保有していたお金や大切な品物をどう引き継ぎ、どう処分していけばいいかのメモが存在していたら、私自身も迷わずに遺志に従えたと考えています。だから、エンディングノートをおススメしたいのもあります。しかしながら、若くしてさよならしたから思うのです。私自身、平均余命までもあと30年はある人生を豊かに生きるためにも、人生の棚卸を早くしておく必要があると。最近、東京と新潟の二拠点で生活していると、結局スーツケース一つあれば十分生活できるのです。そして、棺桶には何も入れられません。あの世にもなにも持っていけません。自分の人生を余すことなく使い切るためにも、自分に向き合う時間の大切さを感じています。

最後に

人は一人で産まれて、一人で死んでいく。そして必ず。人生最期の日がいつかは神のみぞ知るところです。いつまでも、元気でボケずに生きていたいものだと誰しも思いますが、自分を支えてくれる家族がいる方はまだしも、そうでない方は元気なうちに対策が必要です。誰にも迷惑をかけずにきれいに死ぬことは技術が必要です。しかし、何が迷惑で迷惑でないかは、自分自身も見送ってみて思うのは、大変は大変でしたけど、何も迷惑などしていません。死にざまにこそ生き様に表れるものだと、仲間の死を見送る度に思う年ごろになりました。死んでいいやつだったと言われるよりは、多少迷惑だろうと生きてさえいれば、やり直せることもあるじゃないかと、そんな気持ちも捨てきれないのも事実です。

是非、エンディングノートを通じて自分の人生を振り返り、限りある人生を豊かにする一助となれば幸いです。

(文責 稲場晃美)